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2014GW 春の見仏 その1 /三十三間堂、京博
正午前に京都へ到着。3年ぶりです。

天気はどんより、さてどうしよう。
計画では、このまま大津まで戻り、三井寺に行く予定でしたが、どんより雲で気分もイマイチ乗りません。
であれば、プランBに変更。

まずは、腹ごなし。

荷物を100円玉四枚入れてロッカーに預け、いざ第一旭へ向かいます。
ん?人だかり。交通事故?

いやいや行列です。ちょうど昼飯時だもんな。
並ぶ気も起らないので、三十三間堂にむかってぶらぶら歩くます。

しばらくして、うどん屋を発見。あんかけカレーうどんを注文します。
うまし。出汁が効いてる。ねぎがうまい。かしわがうまい。
表で売っていた稲荷も気になる。1個80円。
しめて750円。戦闘準備OKっす。

さて、初戦は、景気づけに蓮華王院三十三間堂。



拝観料600円。日本人、欧米人、中国人が3割づつ。拝観者は、多くはない。
だーっと、ならぶ1000体の千手観音。遠くは霞む。
いつみても圧巻です。
マンモス学校の全校写真。はたまた軍隊一個師団。そんなイメージが浮かぶ。
じっくり、雷神から、阿形、??、??と二十八部衆を眺める。等身よりやや小ぶりだが力強い造形。
中尊に近づくにつれ、名工の作が並ぶ。
いい顔!湛慶作とある。わかってる。

運慶の長男である湛慶は、この丈六の中尊を82歳の時に棟梁となって彫りました。自分の率いる慶派だけでは、到底できる仕事ではなく、円派、院派という別の仏師グループともコラボレーションしながら。すさまじい体力、知力、人間力です。


自分は今年で40を迎える。現代でいっても人生の折り返し地点だが、せいぜいこの先現役でできるのは20年たらず。いや、すでに今いるWEB業界では、いっちょ上がりの年齢です。もう若くはないし、腰も痛いし、ラーメンの大盛りは胸焼けするし。などと弱音を湛慶さんに聞かれたら檄が飛ぶな。
800年も昔の時代。生涯現役(マインドだけとなっても)こそプロとしての重要な要素だと感じます。

雨が強くなってきた。
遂に京都国立博物館に踏み入れる。

<特別展覧会>南山城の古寺巡礼

です。


赤レンガの美しい洋館。
京博はいままでずーっと工事をしていて、訪問することができなかった。
念願の京博。しかも国立博物館パスポートでの入場である。このパスポート、催事も年6回まで無料です!どうだ、まいったか!

「常設展は、9月からでやす!また、おいでやす!」
ぐわっし!!!
そうでやすか!ちゃんと下調べしてなかった自分が悪いのでやす。


さて、南山城とは、京都の南部、奈良との県堺の一帯をさします。
山深い一帯、笠置寺、海住山寺、浄瑠璃寺、岩船寺、蟹満寺、観音寺といった、古来からの寺院が点在し、仏像も奈良・平安と古く、生命力あふれる尊像が多く祀られている。

第一室は、南山城の歴史と文化として、土器や鏡などが並ぶ。

第二室、海住山寺。
アイヤー!と意味不明に感激するのは、彩色鮮やかな四天王像
図鑑で何度も見たあの(どの)四天王である。
グリーン持国天、レッド増長天、イエロー広目天、ブルー多聞天。
後補ではないかと思うほど、それぞれの顔色が鮮やかである。そして、かっけ―かっけー。
感激なのは、この4体、大きさが40cmほどしかない。1/48スケールのガンプラほどだ。
てっきり等身サイズかと勝手に想像していた。
この迫力は、細部まで彫りこんだ造形の妙か、尊像に宿った生命力か。
自室に飾りたい。推定20億くらいかな??(バチアタリ;)

第参室、笠置寺、
第四室、浄瑠璃寺と岩船寺。浄瑠璃寺からは多聞天を請来。この邪気、正面を向いて頬杖ついてヤラシイ笑みを浮かべている。
第五室には、南山城の古寺と題して、禅定寺や寿宝寺、蟹満寺、神童寺、観音寺から等身の像がならぶ。
神童寺からは、奇妙な不動明王、通称、白不動さんがいらっしゃった。

この不動像は、弁髪は垂らさず、両目は見開いている。
上半身は裸、下半身の裳は両ひざ頭を見せて身につける。
この尊像は、かの天台宗寺門派の祖、スーパーパワー円珍が感得したという黄不動さん(六本木で2009年に遭遇)と関わりがあるとか、ないとか。
しかし、顔面パーツはアンバランスに中央に集まり、ダルビシュ様。
腹はぽっくり出てカッコいいとは決して言えない。ただ、パワーはみなぎっている。

2tを超える重量の蟹満寺釈迦像はさすがに腰が重く招聘できなかったようだ。
聖林寺の美人妹で有名な、観音寺十一面観音様も残念ながらパネルであった。

やはり、改めて会いに行くしかないですね。

明日は、奈良の街を探検します。



:静観荘 1912年築とか。ちょうど100年です。
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| 奈良・京都を見仏する | 18:07 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
東京芸大:観音の里の祈りとくらし展
桜は満開だが、空はどんよりして薄ら寒い。

東京藝術大学へ観音の里の祈りとくらし展を見に行く。


観音の里とは、琵琶湖の北部から東エリアに広がる一体だ。

オイラも2010年春の見仏ツアーで高月へ足を運んだが、観音様は広域に広がっていて、A-bikeで、それも半日程度で見て回ることができる観音様の数はたかが知れている。
それが本展示で、全てでないにしろ、一堂に集まっていらっしゃるというのだからありがたい。

メインの会場を取り囲むように18体の観音様。
タイトルにもあるように、湖北地域には、古くから仏教文化が栄え、すぐれた仏教彫刻が数多く伝わっているのは地域の住民たちが中心となって、観音像を守り伝えてきたからだ。

火災があれば、御堂からせっせと運びだし、隣の集落のお寺へ。
戦があれば、石をおもりにして川に沈め、ほとぼりが冷めたら安全なところへ。
住職がなくなったら、村人が交代で管理する。

そんな、こんなが1000年続いている。
なぜこの一帯はそれほど結束というか、しきたりが固く守られて来たのか。
・・・ちょっと怖い気もする。



十一面観音立像 平安時代・8世紀末−9世紀 菅山寺・余呉町坂口
千手観音立像 平安時代・8世紀末−9世紀 赤後寺(日吉神社)・高月町唐川
※通称コロリ観音:三回お祈りするとコロリっとあの世へいける。通称、ロケットパーンチ!観音。
十一面観音立像 平安時代・9世紀末−10世紀 岡本神社・小谷丁野町
十一面観音立像 平安時代・10世紀 善隆寺(和蔵堂)・西浅井町山門
菩薩形立像(いも観音) 平安時代・9世紀 安念寺・木之本町西黒田
如来形立像(いも観音) 平安時代・10世紀 安念寺・木之本町西黒田
※通称いも観音:兵火から逃れるため何度も川底へ逃れた。御神体がボロボロでトルソー状態だが、不思議と静かな生命力を感じる。
聖観音坐像 平安時代・10世紀末−11世紀 竹蓮寺・高月町西阿閉
聖観音立像 平安時代・10世紀末−11世紀 長浜市長浜城歴史博物館
聖観音立像 平安時代・12世紀 総持寺・宮司町
10 千手観音立像 平安時代・12世紀前半 総持寺・宮司町
11 十一面観音立像 平安時代・12世紀前半−中頃 田中神社・湖北町田中
12 聖観音立像 平安時代・12世紀中頃 宝厳寺・竹生島
13 聖観音坐像 平安時代・12世紀 阿弥陀寺・西浅井町菅浦
14 聖観音立像 平安時代・12世紀 西浅井町集福寺
15 聖観音立像 平安時代・12世紀 尊住院・川道町
16 聖観音立像 平安時代・12世紀前半−中頃 常楽寺・湖北町山本
17 十一面観音立像             (腹帯観音) 平安時代・12世紀 大浦観音堂・西浅井町大浦
18 馬頭観音立像 平安時代・12世紀 横山神社・高月町横山

:裏庭の木
もののけ




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| 仏を知る | 23:44 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |
興福寺創建1300年記念 興福寺仏頭展
芸術の秋、ひさしぶりの仏イベントで、東京芸大に行ってきました。


秋深まる上野公園を一人ぼちぼち歩けば、銀杏の潰れた実のニオイが鼻腔を刺し、それはそれは臭く物悲しいのであります。

会場は上野公園を抜けて、左手に折れすぐ。
いつのまにか黒田記念館の角地に上島珈琲ができている。並木道に溶け込みシャレオツなカンジ。


チケットは、金券ショップで100円引きで入手済みだが、阿修羅ファンクラブ会員割引などというものがあるのを後から知る。小生はもちろん会員であるが、まあ同じ100円引きだからいいっか。


会場に入ると、見事な光背を持つ弥勒半跏像が出迎える。
左右に光を放った姿が美しい。
その弥勒菩薩が普段納まっている厨子が展示される。
本尊が抜け出た厨子の内部には、興福寺の作った法相宗の高僧と四天王が鮮やかに描かれる。

法相宗は、もともとインドから高僧玄奘三蔵が伝えたという教義であり、「唯識」という言葉に代表され、一切の事物は、人が認識する内容によって、その存在が規定されている、という考え方が大きなテーマになっている。

唯識とは、個人、個人にとってのあらゆる諸存在が、唯(ただ)、八種類の識によって成り立っているという大乗仏教の見解の一つである(瑜伽行唯識学派)。

ここで、八種類の識とは、五種の感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、意識、2層の無意識を指す。

よって、これら八種の識は総体として、ある個人の広範な表象、認識行為を内含し、あらゆる意識状態やそれらと相互に影響を与え合うその個人の無意識の領域をも内含する。

あらゆる諸存在が個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な存在であり客観的な存在ではない。それら諸存在は無常であり、時には生滅を繰り返して最終的に過去に消えてしまうであろう。即ち、それら諸存在は「空」であり、実体のないものである(諸法空相)。このように、唯識は大乗仏教の空 (仏教)の思想を基礎に置いている。(以上wikipedia)

・・・なんのこっちゃ。

そういえば、法相宗をまとめあげた世親は、楽天まーくんにそっくりで、まーくんは、神の子不思議な子であり、つまりは世親の生まれ変わりであるに違いないというのが小生の持論。(→詳細)

で、浅はかな見識の自分には、まったく理解できないけど、その教えを仏典に作り布教に努めたことが版木に見て取れる。膨大な文字を丁寧に1文字1文字刻むその作業は、驚愕である。
興福寺には、その版木が2000枚以上も残っているらしい。

第二室へ進むと、今回の目玉の1つである板彫の十二神将が台座を模した4面に展示される。
この躍動感、この立体感。厚さわずか3cmの板に生き生きと彫られた十二神将はどういもこいつもファニーフェイス。きわめて高い技術力で制作されたと解説されても、ファニーフェイス。平安期だとこんなもんかね。

本丸の第3展示室へ。

広い空間、正面奥に、メインの東金堂、旧本尊の国宝薬師如来仏頭。
手前に、鎌倉期に慶派により制作された十二神将が立ち並ぶ。

この十二神将達は、ものすごくかっこいい。
波夷羅大将のダイナミックなポージング、キレた表情(赤眼に光っているように思える)は、格別である。鳥山明も原哲夫も手本としたに違いない。


奈良でお目見えしたときは、東金堂の須弥壇の上に並んでいた。
そのステージまでは距離があり、やはり薄暗い。
会場では、手の届きそうな場所で波夷羅大将が剣を振り下ろす。ライトアップもいい。
十二神将それぞれは個性的であるが、やはり自分の生まれ年である寅神が気になっちゃうわけである。


いいじゃん。

クールな表情、指を組み合わせた呪術を唱えるようなポーズ。
頭に乗る寅がウナギイヌなのはいただけない。まあ、いいか。


そして会場にいる人たちは、常に彼の視線を感じつつ、武将たちの姿を見る。
そう、白鳳の貴公子、(薬師如来)仏頭である。
仏頭なので、頭だけである。当然ながら。
それでも国宝になってしまう位の有名な”頭”である。

東金堂の本尊として祀られたこの像は、東の極楽、つまり瑠璃光浄土の盟主、薬師如来さまなんですが、平安末期は、戦乱の世になって、興福寺の同衆たちも武装して、もうめちゃくちゃやっていたみたいです。実は、この像も飛鳥の山田寺から強奪してきて、これからは興福寺の本尊だー、なんて言っちゃったらしいです。

15世紀初頭に火災にあって、焼け落ち、頭だけが現在の本尊の台座に安置され、昭和12に東金堂の修理の際に発見されたらしい。びっくりしちゃっただろうな。

僕の中では、初対面から加藤登紀子だったが、改めて対峙すると男性っぽい。
裏手にぐるっと回ると、水平がずれて、左側頭部が大きく陥没し痛々しい。
もしも人間も1000年を生きながらえることがあったら、たぶん体はグニャグニャで人としての原型を留められないだろうな。もしもの話だけど。

:登紀子バッチ200円

一つ勘違いしていたのが、この仏頭展では、もっと多くの仏頭に出会えると思っていた。
興福寺には、登紀子だけでなく、国宝館入り口に巨大な仁王像の仏頭や、近年運慶作と言われている白毫のない美しい仏頭がある。
そういえば、上野大仏も顔面だけの仏頭だ。

もっと激しく仏頭オンパレードのイベントを期待したい。

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| 仏を知る | 19:43 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
仏像半島―房総の美しき仏たち―
 嫁さんが友達と旅行にいってしまったので、一人でなにしようかなとむっふふして検索で見つけたイベントにいってきました。



主催:千葉市美術館 読売新聞社 美術館連絡協議会
協賛:ライオン 清水建設 大日本印刷 損保ジャパン 日本テレビ放送網

房総半島各地から選りすぐられた仏像約150体が終結。
千葉の仏像が一気に見れちゃいました。


深大寺同年代、関東の白鳳仏としてめずらしい龍角寺の薬師如来坐像に始まり、平安前期の森厳な作例を経て、定朝様や鎌倉様式を受容してゆく流れを追う一方で、「七仏薬師と妙見菩薩」「房総の鋳造仏と上総鋳物師」といったこの地ならではのテーマを展示。


会場にはやたら薬師像、しかも立像の本尊とそれを取り巻く十二神将の組み合わせが目立つ。鎌倉期の尊像が中心なんだろうけど、なんで薬師さんが多いのか?
千葉には、七仏薬師で有名な松虫寺がある。その流れを汲んでいるのでしょうか?

千葉のド田舎の仏像は殆どが野生的で個性的な造形が多い。
都様(みやこよう)と呼ばれる、当時の中央の洗練された仏像を生み出す京の仏師、あるいはその流れを組む仏師の手による仏像もあるが、多くはファニーフェイスでパースが狂っていて、造形の美しさからくるありがたみというより、親しみといった感情を抱くものが多い。

その中でも、東明寺(富津市)の十二神将は玉眼、豊かな表情が輝き、いかにも慶派の写実的なバランスのいい造形。

そして妙見さん。
北辰(北斗星)を信仰する日本古来の神と仏教が融合した尊像は、上半身裸でやんちゃな少年様に作られる。
片手に剣を持ち、神亀に乗る。海難から漁師を守り、また航海での道しるべとなったのであろう。千葉ならでは尊像であります。

お土産は、不動明王の刻印入りピーナッツww


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| 関東・その他で見仏する | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
江戸時代ぶり善光寺出開帳@両国回向院
JR両国駅から職場まで、回向院さんの境内を抜けて、通っています。


回向院は、江戸の「振袖火事」や、昭和の「関東大震災」や空襲などで亡くなった無縁仏を供養するお寺さんで、今回の出開帳も東日本大震災の”復幸支縁”を主眼としたものだとか。

そして、江戸時代には、なんと166回も出開帳を行っていて、1667年の善光寺出開帳には2か月間で1603万人にというディズニーランドをも凌駕する入場者数を記録したとのこと。何とも驚きです。(江戸時代の回向院は今よりずっと広い敷地でした。)

さて、ここ1年余り、この日を楽しみに新しい念仏堂の工事の進捗を見守ってきました。
残り1か月、本当に間に合うのか心配でしたがラストスパートはすさまじかったです(笑)


この出開帳は、平成25年4月27日(土)〜5月19日(日)、
昼過ぎに会社を抜け出し、1000円で入場券を求めます。人はまばら。

今回の出開帳のために陸前高田市から奉納された回向柱。
この柱に紐が括られ、念仏堂の善光寺出開帳仏の指に結ばれる。
つまり、この柱をさわることで阿弥陀様と直接つながる心の糸電話なのです。


さて、念仏堂に入りはやくもメインゲストである善光寺出開帳仏とご対面。
といっても法要の行われる内陣には入れないので、10メートルくらいの距離から拝む。
善光寺式の一光三尊阿弥陀如来立像。
左右には観音・勢至両菩薩を従え、右手は施無畏印、左手は刀印を結ぶ。印から元々は御釈迦さんだったんじゃないの〜という見方も。

なにせ、善光寺の阿弥陀様は絶対秘仏で日本最古。千数百年だれも開けたことがない!厨子の中で金色に輝き続けている!らしい。そのお前立本尊が7年に1度の特別開扉で拝観でき、今回出開帳にお越しくだっさった阿弥陀さんは、そのお前立と同じタイプで像高30cm程度の金属製で鎌倉期に作られたものらしい。

日本最古の仏像と言えば、奈良飛鳥寺の釈迦像じゃなかったっけ?
と思い出したが、渡来仏ということでは善光寺のものが古いらしい。らしい。。

まあ、そんなことはどっちでもいいのです。

新しく建立した念仏堂はとってもモダンな造りで、ここだけ表参道のよう。
傾斜のある回廊状のスロープを上がり、2Fへ。
ここには、被災地からの仏像が数体並べてある。

中でも、被災した陸前高田市の金剛寺というお寺さんの秘仏である如意輪さまは、被災し、瓦礫の中から救出され、ボロボロになってしまった状態から、修復されて今回お目見えとなった。4本ある手の指先などが補材で整えられている姿は本当に痛々しい。それゆえに優雅な表情がなんとも際立ちます。

2Fからは本堂へつながります。善光寺から阿弥陀さんと一緒にやってきた高村光雲作仁王像の原型や善光寺山門の扁額、皇室由来の文化財などが並べられる。

1Fに降り、年季の入った賓頭盧尊者(こちらは初のお出まし)をなでなでして終了。

被災地の復興に、少しでも思いを馳せ、協力することが大乗仏教でいうところの”回向”の意味です。ちょうど開演となった法話会。元ジャーナリストで、震災取材を機にお坊さんになった方の話。

ここ回向院で、そのことを改めて心にとどめました。

※5/2追記

もう一個気付き。
回向>エコー>こだまでしょうか・・・いいえ、誰でも。
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| 関東・その他で見仏する | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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